うめぽん

たくさんの方にうめぽんを応援していただき、今でもそのありがたさに涙が出ます。
ありがとうございました。
今お家にいないけど、まだ入院しているような気もします。
でももう本当にいなくなってしまったのねぇ。
でも、いるよねぇ。ぷぅたんと一緒に。

うめぽんは、わたくしたち夫婦が結婚して新婚旅行から帰り、面倒で先送りにしていた婚姻届を出した頃の1993年3月9日に生まれました。
うめぽんの血統書の名前には、今でもあるペットショップの名前がついています。
生まれが愛知県のペットショップなのに、なぜ横浜のペットショップにいたのか?今でも不思議です。

あの頃は楽しかった(今は普通)新婚生活で、わたくしたちはほぼ毎週横浜へ出かけていました。
ある日ペットショップに寄ってみたら、うめぽんがいました。
今では考えられないお値段がついていましたが、ケージに「父チャンピオン」というカードがつけられ、プライドの高そうな、生意気そうなお顔でそこにいました。

独身の頃、実家のある箱根でゴールデンを散歩させている人を見て、「何て美しい犬なのだろう」と思っていました。
まさにゴルブームの始まりの頃です。
その後友人がゴルを飼い始め、いつか自分も♪と思っていました。
「次回来たときにいたらこの子をうちの子にしよう」と、ドキドキしながら翌週訪ねると
いましたいました~。
こうして、うめぽんは我が家のわんこになりました。
1993年5月8日か9日のことです。

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我が家に来て10日くらいのうめぽんです。









うめぽんと暮らした時間は、きんちゃんと暮らした時間とほぼ同じです。
だから、きんちゃんがいるのと同じに、うめぽんがいるのは当たり前のことでした。
いつまでも一緒のような気がしていました。
うめぽんがいつものテーブルの下に寝ころがっていないなんて、まだ入院していると思いたいです。

うめぽんは8月6日に入院しましたが、そのまま入院し続け、それから2週間でいなくなってしまうなんて、その時には全然考えていませんでした。
入院した日の夕方に電話で様子を教えてくれるということだったので、院長先生とお話ししました。
白血病です。と言われたとき、はあ?と思いました。
5月に具合が悪くなったときのように、また元気になれると思っていました。
だって、7月20日からの八ヶ岳ではあんなに元気だったのです。
八ヶ岳で元気に楽しそうにしているうめぽんを見ていたら、来年のお誕生日は大丈夫だと思えたくらいでした。

それからは毎日様子を聞くために電話をしました。
しつこく連絡するわたくしに、先生と看護士さんは快く応えてくれました。
様子を聞くのも、ものすごくつらいことでした。
毎日「食べない」という言葉ばかりが聞かれたからです。
そしてお盆の供血。
あの時は、本当にありがとうね、オハナちゃん。
供血にお申し出くださったみなさまにも心から感謝しております。

一旦は元気になりましたが、8月16日に電話をした時、「後ほど院長からお話しがありますので、掛けなおします」と言われ、ドキドキしながら連絡を待ちました。
「もうこれ以上は治療できない」と言われるかと思って。
電話の内容は、「食べないので弱っているけど、最後までできることはする」ということでした。

翌日は仕事がお休みだったので、うめぽんが食べてくれそうなものをお弁当にして持参しました。
レバー、砂肝、がぼちゃ、ゴーヤ、桃、そうめん、おやつ・・・・
食べてくれたのは、そうめん。そんなさっぱりしたものだけ?とがっかりでした。

18日金曜日、いちばん恐れていた連絡が来ました。
母からの電話で、「これ以上続けても数日おきに輸血が必要、食べられないからずっとこの繰り返しになるだけです。今後どうしますか」との内容。
それで家に連れて帰ることにしました。

忘れられないうめぽんの姿があります。
うめぽんを迎えに行って、診察室で院長先生とお話ししている時に、うめぽんは隣の処置室の診察台の上で若い先生からウマウマをもらっていました。
パクパク食べています。
その顔が可愛くて、まるで子犬のようなクリクリのおめめをしていて、頭にずっと焼きついています。
もしかしたら少しくらい食べてくれるかも、なんて期待もあったのでしょう。

数日前には立ち上がれたうめぽんでしたが、歩けないので先生に抱かれて車に乗りました。
10日ぶりにお家へ帰ってきました。
この日のうめぽん

後ろ足が立たなくなっていたので、用意してあった後ろ脚用のハーネスでおトイレもできました。
ふらふらしながらも、ちゃんと外でしてくれました。

帰ってから、梨とおやつをウマウマしました。
もう顔を上げているのがつらそうでした。
でも、やっぱり嬉しそうでした。本当にかわいいうめぽんでした。
でも、あの時の写真は、明らかに先のない表情です。
後で写真を見て感じました。たば・ぶるの生き生きとした様子とはまったく違うものでした。
その夜は22度の強風で冷房しながら一緒に寝ましたが、夜中に何度もガサガサするので、その度に寝返りをうたせました。

朝、息をしていることにほっとし、きんちゃんとおトイレに出しました。
ヨレヨレしながら、ちゃんといつもの場所で済ませました。
家にいたい気持ちを抑え、仕事に行きました。
土曜日なのでいつもよりは早く帰ることができますが、いつもなら終わる3時以降にお客様の予約が入っていて、帰りが早くても5時過ぎになりそうでした。
うめぽんはまだ大丈夫と思いながらも、いつ息が止まるかが不安。
今日かもしれないし、明日かもしれない。
だったら仕事が休みでみんなが揃う明日にして欲しい。
そう思いながら仕事をしていましたが、もう息が止まってしまったうめぽんのことを心配するからと、母が内緒にしているのではないかと疑いながら過ごしました。
うめぽんの話をした愛犬家の方に言われました。
「きっと待っていてくれますよ」

そしてラッキーなことに、3時過ぎのお客様がキャンセルになり、あわてて帰りました。
呼吸が苦しそうなうめぽんのために、以前TOMYさんにすすめていただいたナショナルのエアーチャージャーを買って帰りました。

無駄になるかな、と思いながら帰りましたが、うめぽんは本当に待っていてくれました。
でも朝と比べても明らかに悪い状態です。
おしっこも寝たままするようになっていました。
顔が上がらず、水も欲しがりません。
うめぽんに数時間エアーチャージャーを使わせました。
もうこれくらいしかしてあげられることがなかったのです。
「きんちゃんが帰ってくるまで待っていてあげてね」と話しかけながらきんちゃんの帰りを待ちました。

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夜には寝返りもうてなくなっていましたが、時々動かしてあげました。
何時に眠ったかは覚えていませんが、前日よく眠っていないので、毎度のことながらソファで居眠りしてしまいました。
いつもはほったらかしなのですが、冷房もきいているので、わたくしには毛布がかけられていました。

うめぽんの「グフ」という声で目覚めました。
吐きたいのかな?と思って慌てて起きました。
少し吐いたので、ペットシーツを取り替えようとした時に、ウ○チが出ました。
ペットシーツを取り替えようとした時、苦しそうにし始めました。
ぷぅたんの最期を思い出しました。
あの時と同じだったのです。
急いできんちゃんと母を呼びました。窓が開いているので、近所じゅうに聞こえていたでしょう。
何と言ったのか?うめぽんの息が止まる!って叫んだような気がします。

何を話していたのかは覚えていませんが、うめぽんに「行くの?」と聞いたと思います。
早く行きなさいって何度も言ったと思います。
頭を撫でながら、いつ息が止まるのか、顔と口元とお腹を交互に見ていました。
きんちゃんは病院に電話して救命を・・・と言いましたが、もういい、行かせてあげると言って止めました。どうせ間に合わなかったのです。

わたくしは全然記憶にないのですが、その時たばうぬさんはパニック状態で、おもちゃをくわえて2階へ駆け上がって行ったそうです。
たばうぬさんもどうしたらよいかわからなかったようです。

本当は死んで欲しいわけがありません。でも早く楽になってほしかったです。
苦しい息遣いが止まり、うめぽんが動かなくなりました。
動きも息遣いも、少しずつ弱くなっていくのです。
やっと楽になれた、やっと行けたね、と思いました。

目を何度閉じても開いてしまいます。
静かに旅立ちましたが、最期は苦しくないわけがありません。

にゃんこたちも全員が同じ部屋に揃って見送ることができました。
母はぷぅたんの最期には会えなかったのですが、うめぽん・ぷぅたん共に家族が揃っている時に旅立つなんて、本当に飼い主孝行なわんこたちです。
ちゃんと休日の前の日に。
火葬の時にもみんなで見送ってあげられることにもほっとしました。

八ヶ岳に一緒に行ったお友だちと、いつも心配してくれたたけちゃんママさんに報告をし、斎場探しを始めました。
一時インターネットがつながらなくなって、こんな夜中に探せない!と慌てましたが、すぐにつながるようになって、横浜の斎場に決めました。
それからブログで報告を投稿しました。

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にゃんこのミックは、ぷぅたんの時もそうだったのですが、うめぽんに寄り添って眠っていました。
ミックはいつもなら、絶対にソファの隅で眠ったりしないのです。
冷房が効きすぎていたので、寒かっただけかしら?
ミックはにゃんこたちの中では、いちばんやさしい子です。
きっとお別れだとわかっていたのでしょう。

20日日曜日
火葬の前に、ウマウマをたくさん抱っこさせてあげました。
あんなに食いしん坊だったうめぽんですから、本当はたくさんウマウマしたかったに決まっています。
うめぽんを心配して送ってくださったおやつ、母からうめぽんへの手紙、楽しそうにしていた7月の八ヶ岳の集合写真を持たせました。
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今でもうめぽんとぷぅたんはいない感じがしません。
今は2頭になった我が家のわんこですが、やっぱり我が家のわんこは4頭です。

あれ以来、思い出すことつらくて、現実逃避の毎日でしたが、うめぽんのがんばりを忘れないように残しておこうと思います。
うめぽんは本当にがんばりやさんでした。
最後まで諦めは感じられませんでした。
自分でも元気になれると信じていたと思います。

悪性リンパ腫の前にも、耳の付け根が硬くなり、よくわからない腫瘍ができたこともありました。
まだ若い頃のことです。
手術を受けましたが、場合によっては耳を切断とまで言われました。取りきれなかったようでしたが、その後何も心配がなくなりました。

悪性リンパ腫がわかってからも、4年3ヶ月もがんばりました。
手術から2年後くらいには、病気も忘れるくらいに元気にしていてくれました。

5月に具合が悪くなったときにも、奇跡的に回復しました。

何度も心配させては復活してくれました。
だから最初は、今回も大丈夫と思っていました。
さすがにがんばりやのうめぽんも今回は力尽きてしまいました。

がんばったうめぽんを誇りに思います。
うめぽんに出会えて、本当によかったです。
みなさまに応援していただいて、うめぽんはしあわせなわんこでした。
ブログのお友だちで、「うめぽんはみんなの理想のわんこ」と言ってくださった方がいらっしゃいます。
うめぽんは理想のわんこになれたでしょうか?
今シニアでがんばっているわんこたちも、もっともっとがんばって、うめぽんを超えてください。
うめぽんより長く生きてください。
今はまだ若いわんこたちも、パパさん・ママさんの愛情に応えて、いっぱい長生きしてくださいね。
たばうぬとおぶるもいつまでも元気でいてくれるようにがんばります。

うめぽんへコメントを頂戴したけど、こちらから連絡ができない方へ・・・
桃色うり坊さん、天羽&小春ママさん、felice-cクララちゃんのママさん、ルルちゃんの所から来てくださったポーリーちゃんのママさん、セナままさん、あたたかなお言葉をありがとうございました。

これからもうめぽんは時々登場します。
by tabith | 2006-09-06 22:59 | いぬ


ゴールデンレトリバーのタバサが語る日々の出来事


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